∞月∞日は∞の日

らぶnskd!らぶhmnk!らぶakns!
8月8日生まれのミーハー女のミーハーぶろぐ。

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■□ 最愛の貴方へ
 こんにちは。
ひさしぶりの更新。
すみません。
パソコンの打ち方も忘れたわ;
ここからは長くなります。
ごめんなさい。






とりあえずご報告。。。




























6月18日に、
最愛のおじいちゃんが
天国に旅立ちました。
ようやく病気から解放されました。



先週の月曜日、
ダンス終わって携帯開いたら
ものすごい着信の量で
慌ててお母さんに連絡。
そしたら、
「おじいちゃんがもう危ない」
って言われて、
スタジオから急いで出てタクで病院。
こないだあと1ヶ月って言われて
もう1ヶ月以上も経ったし、
結構急だった。

病院ついたらほんまに危なくて
血圧とか下がりまくって
呼吸も怪しくて
おじいちゃんずっと目見開いとるん。
先生がいつも通り「あすかちゃん来たよ!」
っておじいちゃんにゆうてくれて
あたしが呼んだら
おじいちゃん凄い反応してくれたん。
先生も家族もびっくり。
今までと全然反応が違ったらしい。
それで、おじいちゃん呼び続けて
夜中0時回ったころから
おじいちゃん落ち着き始めました。
家族もいとこも呼び出されて勢ぞろいで
家遠い人たちはひとまず解散。
あたしも母さんもとりあえず帰宅。
父さんとおばちゃんは残って、
病室にお泊りしました。

でも次の日もあんまり良くなくて
呼び出された。
その日は「あすかー!」って2回も
呼びよったらしい。
おじいちゃんしゃべれんのに、
あたしの名前呼んでくれたらしくて
うれしかったけど複雑だった。


昨日よりもおじいちゃんの調子は良さそうで
だいぶ口もきけるようになって
おじいちゃんずっと、
「ありがとう。もういい。もういい。」
って涙ぐみながら言いよって
途中で耐えられんようになった。
でも一番泣きたいのはおじいちゃんだし
絶対そばにおってあげたかったけん
また病室戻ってずっと手握っとった。

水曜日もずっと病院こもりっきりで
おじいちゃんの手握って
意識がなくなってきたおじーちゃんに
呼びかけて、、、
あたしの声が一番反応がいいらしい。笑
呼吸が浅くなって遠くなってきたら
あすかちゃんの出番。
「じーちゃーん!息して!!」
って何回叫んだか。。。
だんだん看護婦さんみたいになってきた。
途中でばあちゃんが
「あすかにコレ(お金)やらな!」ってゆうたら
おじいちゃんが笑った!!!!
笑った顔が見れた。


水曜日の夜からは、もう意識も全然なくて
起きたと思ったら苦しそうで、
「もういい。もういい。」って。
かわいそうでしょうがなかった。
お父さんは、楽な方法で治療してやってください
っていいよるのに、
先生が全然してくれんくて、
もうこっちは充分、って思いよるのに
医者的には納得できんみたいで、
水曜日、あたしと母さんが帰ってから
担当看護士さんが病室にきたらしいんじゃけど
「私もこんな苦しそうな顔はみたくない。
 (家に帰った)先生に電話してみます!」
って夜中の0時に電話してくれたん。
ありえんことですよね。
しかも内容が、
「先生のやり方は間違っとる!」
っていいよるようなもんなんです。
看護士さんがお医者さんに向かって。
2回も電話してくれたんです。
ようやく先生も納得してくれて
モルヒネを打ってくれることになって。

木曜日の朝6時から車ぶっ飛ばしていったら
おじいちゃん顔が楽そうな顔になっとった!
まぁ、目も全然うつろだったし
口も全然きけんようになってしまったけど
眉間のしわも取れたし
何より苦しそうじゃなかった。
息が前の日よりも遠いし浅いし
ちょっと不安でした。

でもお父さんが一回家に帰らんといけんくなって帰ることに。
そしたら急に容体が急変して
心拍数とかが一気に46とかまで下がって
看護士さんも先生もきて
お父さん呼び戻してくださいって言われて
「もう本当に危ないです」て先生に言われて。
24とかまで下がってきて
周りがみんな泣き始めて、
父さんが来るまでもたせたくて
必死で名前呼びました。
そしたらいっきにぶわって上がって
先生もびっくり。

でも呼吸が0になってきて
心拍数も下がって
いよいよってときに、お父さん到着。
そしたらね、また上がったん!!
すごいよね。
ほんでちょっとしたら
また下がってきて
数字が全部0で揃って
先生に「ほんとうに残念ですが。。。」
って言われて、。








かなしかった。
いっぱい泣いた。
でも、おじいちゃん、
7ヶ月も頑張ってくれたもん。
感謝の気持ちでいっぱいです。







今まで母さんにも言ったことなかったけど。
やっぱり初孫のいとこの姉ちゃんが
おじいちゃんおばあちゃんの中で一番!って
思っとった。
なんてゆうか、劣等感とゆうか。。。
でもおじいちゃんが亡くなってから
いとこのおばちゃんが
「あたし今までやっぱり初孫の優子が
 お父さんの中で一番と思っとったけど
 やっぱりなんだかんだ言って
 あすかだったんじゃね」
っていいよった。
うるせーよ。と思った。


けど実際一番一緒におったし
たぶんあたしが一番厄介者だったし
ゆうこと聞かんし
一番悪かった。
でも最後に名前も呼んでくれて
ずっとあたしのこと看護士さんに
話してくれて、
他の誰もわからんようになっても
あたしだけは分かってくれて
おじいちゃんっこのあたしとしては
すごく幸せです。






いろいろ訳あって、
お葬式まで4日もあいて
色々大変だったけど
無事送り出せて今は安心してます。
お葬式まで毎日一緒に寝た。
最期のお別れも
あたしがさせてもらった。



おじいちゃんは色々あったね。
お酒飲んで暴れて、
恐い時期もあった。
一緒に病院行ってラーメン食べたり
電車で間違って車掌さんに注意されたり
家の横の階段一緒に掃いたり
おじーちゃんの長い話に毎日付き合ったり
チップの最期を見届けてくれたり
いっぱい怒られて
いっぱい怒鳴られて
でも、
それ以上の笑顔をもらって
想い出ももらって



ほんまに
ありがとう。








これ以上の言葉はないと思う。
本当にありがとう。







おばあちゃんが
「よく看てくれたね」
ってゆうてくれた。
おばあちゃんは3ヶ月も病院で
寝泊りしたくせに。
自分が一番しんどかったくせに。
さすが私のばあちゃんです。


お葬式、すごい数の人が来てくれて
式場の人もびっくりしとった。
イスが全然足りんかったらしい。
よかったねおじーちゃん。
にぎやかなのが好きだったもんね。








天国にいったら
いっぱい大好きなお酒飲んでね。
煙草も好きなだけ吸ってね。
チップによろしく。
原爆でなくなった弟さんにも
やっと逢えるね。
そっちの世界を
しっかり楽しんでください。













またいつか逢えるよね。










今までいっぱいありがとう。









じいちゃんがだいすきです。










ほんまにありがとう。








お疲れ様。












またね。















One Love...

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